迫力ある彫塑と神秘的な仏教造像に出会う@紫禁城 慈寧宮 彫塑館&仏教造像
紫禁城vol. 4
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清代には、皇太后や太皇太后など、
前皇帝や前の前の皇帝の妃たちが
こちらに居を移し余生を
送っていたそうです。
前皇帝や前の前の皇帝の妃たちが
こちらに居を移し余生を
送っていたそうです。
紫禁城vo. 5
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虎の姿。
勇猛に天を駆け抜けるよう
勇猛に天を駆け抜けるよう
慈寧宮について
1536年仁寿宮跡地に建造、順治帝、康熙帝、乾隆帝16年に皇太后宮としてニ楼の屋根に変更し修復。
明朝では皇貴妃(側室最高位、皇后が崩御したら皇后になる地位)の宮で、
清朝の順治十年に考庄皇太后ボルジキト氏(ホンタイジの荘妃、順治帝生母)が住むようになり以降、
皇太后、太皇太后の宮となりました。太妃、太嬪たちも同居です。
先帝の皇后と皇帝の生母が皇太后になるので2人皇太后がいることもありました。
この場合先帝の皇后が嫡母で格上とされ母后皇太后、生母が聖母皇太后と呼びました。
後宮は皇帝が崩御すると東西十二宮を明け渡しここに移り住みました。
誕生祝い、徽号授与、送冊、皇女降下など行事もここで行われました。
先帝の後宮も生前、亡き後に昇格したり徽号(尊号)が与えられたりしました。
慈寧宮だけにすべての妃嬪が住むには物理的に無理があるので、
取り囲むように周りにある東宮殿、中宮殿、西宮殿など七殿にも暮らしたのだと思います。
前後が回廊で7室ありました。
皇太后宮の寿康宮に通じる門があります。
仕える皇帝が崩御後も後宮から出られず、狭いところに集まって住み、
皇太后の顔色を伺わなければならないのは辛かったろうなと思いました。
「ラストエンペラー」では双眼鏡で溥儀を見張る太妃たちが登場します。
現在は彫塑館になっています。
楼閣を備えた立派な門で中央は皇帝専用の通路があります。
石つながりで
太和殿の日時計。
太和殿の日時計。
度量衡標準器も。
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「今日もご訪問ありがとうございます。」
おひとりおひとりにとりまして幸せな一日でありますように☆彡
by salondeshanti
| 2024-08-15 22:41
| 北京
|
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