杭州径山の茶の種を持ち帰られた聖一國師開山の東福寺

訪れたいと思っていた場所「東福寺」。

お茶の葉の生垣が
年の瀬の清らかな光を浴びて
迎えてくれました🌱

通天橋からの有名な景色を体感。
聖一國師様が
歩かれたことを思い
感慨深く眺めました。


京都ならではの寒さが彩る紅葉が残っていました🍁

伽藍面と呼ばれる東福寺の立派な本堂。春の涅槃会には、明兆の大涅槃図が公開される場所。

山門 扁額の「妙雲閣」は足利義持筆。天井画の迦陵頻伽をテレビで観てとても美しいのが印象に残っています。
聖一國師が浙江省杭州径山の茶の種を
日本に伝えてくださり、
お茶摘みツアーをさせていただいている
梅ヶ島もそのひとつ。

昭和の作庭家 重森美鈴による庭「八相の庭」と命名された
整然とした空間を前に
心穏やかな気持ちになりました。
こちらは、東庭「北斗七星」。

北庭「小一松」ウズマキゴケの緑との対比も鮮やかなな市松模様の敷石は、もと恩賜門につかわれていたもの。背景の紅葉は、聖一國師が宋より持来したといわれる唐楓「通天紅葉」。

南庭「八海」古来中国大陸の蓬莱神先思想では、東の大海の彼方に仙人が住む「蓬莱」「方丈」「瀛洲」「壷梁」と呼ばれる四島があり、島には仙薬財宝があると信じられていました。枯山水庭園である南庭は、この四仙島を巨石で配し、渦巻く砂紋によって「八海」を表しているそう。西方には「五山」になぞらえた築山を置き、その苔地と左門とを斜線で区切っている。

向唐破風の表門は、昭憲皇太后の寄進と伝わります。恩賜門とも呼ばれ、小型ながら明治期唐門の代表作。



西庭「井田市松」さつきの刈り込みと砂地とを葛石で方形に区切り、大きく市松模様に図案化しています。井の字に等分した古代中国の田制「井田」に因み、「井田市松」と呼ばれています。

開山堂1280年入定の聖一國師を祀っています。

普門院前の庭園は江戸中期の名園。


丹塗りの柿葺き八角円堂。室町時代の建築。昭和12年万寿寺より移された愛染明王が祀られていました。

「東司」通称百雪隠。日本最古、室町前期の遺構。
巨大な建物が往時の僧侶の多さを彷彿とさせます。修行の一つとして厳しい作法が定められていたとのこと。
京野菜のおいしさに欠かせない存在であり、東福寺の収入源となっていたそう。


上野で開催された
東福寺展の展示がこちらから
来られたと思い
感じ入りました✨
「今日もご訪問ありがとうございます。」
おひとりおひとりにとりまして幸せな一日でありますように☆彡
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by salondeshanti
| 2025-01-02 17:24
| おしらせ
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