茶の種を宋から持ち帰り禅と共に茶を日本で栽培することを奨励した栄西禅師開山の寺「建仁寺」。学問面と呼ばれています。開基は、源頼家。建仁二年開創。京都最古の禅寺。四頭茶会が催されるお寺としても有名です。
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こちらでも茶の木や葉、そして、愛らしい花の生垣が迎えてくれました。茶は、鎌倉時代よりずっと前の奈良時代には日本にもたらされていましたが、栄西禅師により高い身分でなくても普及されるようになりました。

千行祖師栄西禅師入定塔の前で。奥に見える開山堂で栄西禅師がお眠りになっていると伝えられ、
庭園には栄西禅師が宋より持ち帰ったとされる菩提樹が植えられています。

道元禅師修行の遺跡。
茶碑
昭和五十八年、祇園辻利により寄進建立されました。碑の東側「平成の茶苑」は茶の将来八百年を記念し平成三年に植樹されたものであり毎年5月には茶摘みが行われます。

法堂明和二年(1765)上棟。仏殿兼用の「拈華堂(ねんげどう)」。五間四間・一重・裳階付の堂々とした禅宗様仏殿建築。

法堂内のご本尊釈迦如来座像と脇侍の迦葉尊者、阿難尊者。天井には、2002年に描かれた小泉淳作画伯による「双龍」。立つ位置により鼻の長さが違って見え、まるで首の向きを動かしているようと言われています。

○△⬜︎の庭仙崖着梵の書に着想を得て作られたそうです。三角を上、左下を丸、右下に四角に配置すると「命」という文字になるので全てのものは、○△⬜︎で表されるともいわれています。

複製 俵屋宗達「風神雷神図屏風」
書家 金沢翔子さんによる書「風神雷神」

複製 海北友松「雲龍図」
四頭茶会が開かれる方丈。
栄西禅師は長い伝道生活ののち、「わが没後五十年禅法大いに世に興らん」といわれたといいます。第十世聖一国師(円爾弁円」、第十一世大覚禅師(蘭溪道流)の入寺により、当寺が興隆することの予言のよう。

建仁寺を訪れ、これまで国立博物館で拝見していた書画や仏像を鑑賞し、訪れても拝見できない貴重な機会だったことを改めて思いました。納められている建仁寺と東福寺をこの度訪れられたことは、いろいろな点が糸を手繰り寄せるようにつながるできごとでした。
それは、初夏に訪れた比叡山延暦寺からの続いていました。
観たり、感じたりしたことはあまりにも多く、
まだまだ語り尽くせません。
折をみて、少しづつこちらの記事を加筆してまいりたいと思います。
建仁寺本坊中庭にある「潮音庭」。中央に三尊石その東には坐禅石、廻りに紅葉を配した枯淡な四方正面の禅庭。
自分の心が一番美しいと感じるところが正面となり、その反対側が裏となる。その時の心の持ちようや季節、天候により違う姿を見せてくれる庭。

草庵式二帖台目席。天正十五年(1587)に豊臣秀吉が催した北野大茶会で、利休の高弟・真如堂東陽坊長盛が担当した副席と伝えられています。二帖台目席で最も規範的な茶室とされ、茶室の西側には当寺の名物「建仁寺垣」が設けられています。

田村月樵 遺愛の大硯
「今日もご訪問ありがとうございます。」
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