人気ブログランキング | 話題のタグを見る

「獺祭魚たっせいぎょ」。 (獺が魚を供える)と古樹白茶


「獺祭魚たっせいぎょ」。 (獺が魚を供える)と古樹白茶_a0169924_18273205.jpg


古樹白茶を淹れてみました。
先日行われた「中国国際茶文化研究会日本事務局」による
オンライン春節茶会のために
杭州の張老師が選んでくださいましたお茶です。

「獺祭魚たっせいぎょ」。 (獺が魚を供える)と古樹白茶_a0169924_18275791.jpg

蓋碗は、薔薇が描かれているものを選びました。
お茶の色が輝いています。

「獺祭魚たっせいぎょ」。 (獺が魚を供える)と古樹白茶_a0169924_18284752.jpg

白茶は暑い季節にいただくことが多いですが、
古樹の滋味深いものをまだ寒い今の時期にいただくのも
よいものですね。

3月の中国茶のおもてなしでも
何か白茶を選びたいと思いました。




「獺祭魚たっせいぎょ」。 (獺が魚を供える)と古樹白茶_a0169924_18370127.jpg

七十二候は、「獺祭魚たっせいぎょ」
(獺が魚を供える)を迎えました。

お酒の「獺祭」を思い浮かべる方も
多いのではと思います…

獺は、別名水狗。魚を食べる者。
祭魚は、魚をとって供えること。

出典は、礼記月令孟春の条の
「東風凍を解き、蟄虫は始めて振く。
魚冰に上り、獺魚を祭り鴻雁来る。」


「獺祭魚たっせいぎょ」。 (獺が魚を供える)と古樹白茶_a0169924_18373501.jpg

故宮日暦は、乾隆帝も大切にして三希堂に納めていたひとつ
東晋 王献之(傳)「中秋帖巻」。


王献之は、偉大な書家である王羲之の息子でした。彼は気楽な性格で、山や川を愛し、会稽の荒々しい風景に魅了されていました。王献之は幼少の頃から王羲之に師事して書を学び、のちに張芝に師事しました。書のあらゆる流派に精通し、行書は力強く鋭く、字体は美しい。父と同様に世間から尊敬され「二王」と呼ばれていました。「中秋帖」の筆致は穏やかで清々しく、情緒が神秘的です。現代の研究によると、この跋文は北宋時代の書家、米芾が模写し、本来の意味を保ちながら、米芾の書風も取り入れています。





「獺祭魚たっせいぎょ」。 (獺が魚を供える)と古樹白茶_a0169924_18375007.jpg


東晋 王献之(傳)「中秋帖巻」(部分)
宋代には「中秋帖」は徽宗皇帝の宣和内府と高宗紹興御府に相次いで収蔵され、
清代乾隆年間には紫禁城に運ばれ、宮廷の書斎に保管され、その後、三希堂に移されました。溥儀が宮廷を去った後、敬懿皇貴太妃によって持ち出され、郭葆昌に売却されました。郭葆昌の死後、それらは息子の郭昭將に相続されました。郭昭將は香港で「中秋帖」と「伯遠帖」を抵当に入れ、返却しませんでした。これを知った文物局局長の鄭振鈴は、すぐにこれを政務院に報告しました。周恩来により、文物局副局長の王冶秋と故宮博物院院長馬衡が南下して購入に参加し、最終的にこの二つの作品は故宮に戻りました。これが「中秋帖」の主要部分です。




「獺祭魚たっせいぎょ」。 (獺が魚を供える)と古樹白茶_a0169924_18380690.jpg
東晋 王献之(傳)
「中秋帖巻之乾隆帝至宝引首」
中国古代の書や絵画の巻物には、表紙に題名が付いていることがよくありました。引首とは絵画の前の余白部分を指し、論評を書き込むために使われ、保護の役割も果たします。乾隆帝は特に引首に題名を書くことを好み、「伯遠帖」の「江左風華」や「蘭亭序」の「晋唐心印」などがあり、これは乾隆帝の宮廷の書画装飾の特徴の一つでもあります。彼が「中秋帖」の冒頭に書いた「至宝」という二つの言葉は流暢で荘厳です。また巻末には、「擬中秋帖子詞」と「この縁起の良い時期に、本当にありがたく思い、雅興に余る思いを記す」と記されており、「中秋帖」に対する愛情が紙と墨に溢れています。


王献之の書に、乾隆帝の引首と米芾の跋文が添えられまさに至宝ですね。


中秋節の頃にこの故宮日暦のこの頁を開いてみたいと思います。
そして、今は上巳節を前に王羲之「蘭亭序」に浸っています…


☆中国茶紅茶教室サロンドシャンティ香茶苑 web予約はこちらから

「今日もご訪問ありがとうございます。」
おひとりおひとりにとりまして幸せな一日でありますように☆彡

by salondeshanti | 2025-02-18 18:26 | 七十二侯 | Comments(0)
←menuへ