鴻鴈来賓こうがんらいひん(鴻鴈が来賓する)と番庄烏龍茶

台湾で出会いました番庄美人茶こちらのパッケージにキュンとしました
台湾ドラマ「茶金Gold Leaf」をご覧になられた方でしたらすぐにピンとくると思います。
台湾から紅茶が輸出されていた時代に
このような木箱の外側にプレートを当ててスプレーをかけて行き先をつけている木箱がトラックに山積みになり出荷されていくシーンを思い出されるかたも多いのではないでしょうか。

蜜のような甘さとまろやかさ力強さを併せ持つ味わい
幻となってしまったともいえる「番庄烏龍茶」を「番庄美人茶」として出会うことができ感激しました。
番庄烏龍茶と紅烏龍茶についてこちらの記事に書かせていただいています✨こちら
当時のパッケージや名前を彷彿とさせる番庄美人茶を改めて味わいたいと思います。
こちらのお茶に出会いましたのはこちら✨

季節はめぐり二十四節気は、寒露。七十二侯は、鴻鴈来賓こうがんらいひん(鴻鴈が来賓する)を迎えました。
鴈は仲秋に先に至る者が主宰となり、晩秋に後から至る者が賓客となるそうです。
故宮日暦には、故宮博物院生率典礼情景。
1925年清朝清室善后委員会は会議を開き、フランスやドイルなどの皇宮博物館の先例に倣い、故宮博物院を設立することを決定しました。開会式は10月10日に予定されました。会議では、「故宮博物院臨時組織要網」「故宮博物院臨時董事会章程」「故宮博物院臨時理事会程」が採択されました。故宮博物院は臨時理事会と臨時評議会を設立し、評議会は古物博物館、図書館、庶務所の3つの分に分かれました。1925年10月10日午後2時、故宮博物院は正式に開院しました。乾清門で盛大な開院式が挙行され、当時の会計検査院長である庄蘊寛先生が主宰しました。清朝清室善后委員会委員長の李氏が故宮博物院の準備状況を報告しました。黄郛、王正廷、鹿鐘麟、于右任、袁良らが式典で挨拶し、故宮博物院の設立と開院の意義を強調しました。同日神武門の外には花のアーチがかけられ、門の開口部には李氏が顔体で「故宮博物院」と大きく刻んだ扁額が掲げられました。式典には北京の各回関係者が招待され、市民は、そのニュースを目にしました。そして更に多くの見学者で賑わいました。

李煜瀛題写的故宮博物院扁額
現在の郭沫若氏の扁額の前はこちらがかけられていたのですね。
「今日もご訪問ありがとうございます。」
おひとりおひとりにとりまして幸せな一日でありますように☆彡
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by salondeshanti
| 2025-10-08 21:48
| 七十二侯
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