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閉塞爾成冬と白牡丹


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白牡丹をいただきました。
杭州の中国国際茶文化研究会で出されたお茶です。

余分に用意されて持たせていただいたものを
淹れました。
透明感のあるあまみのあるおいしいお茶。
出されるお茶は、すべて茶文化研究会の威信にかけて
よいものを提供してくださっているとお話くださいました。







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安心して
皆様と杭州を訪れることができ
ありがたいと
改めて思います…


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七十二侯は、閉塞爾成冬。
空寒く冬となる。
天地が変じてそれぞれが交わらざれば
通らず、通らざれば閉塞する。
それは時の冬となる所以とあります。


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清代 銅壺滴漏

交泰殿は紫禁城の三つの内宮の一つです。
乾清宮と坤寧宮の間に位置しています。
東の部屋には水時計、西の部屋には自動鳴動式の大きな時計があり、
ふたつの大きな時計が置かれています。
水時計の外には、朱と赤漆で彩色された須弥座朱漆彩絵重檐と
二重の軒を持つ四角い楼閣があり、高さは5.76mでした。
楼閣内には三層構造で口が開いて底が閉まった四角い青銅製の水瓶が
三つ置かれていました。記録によると、上の水瓶は、
「日天壺」、中の水瓶は「夜天壺」、下の水瓶は「平水壺」と呼ばれていました。
平水壺の少し下には「分水壺」があり、その前には「受水壺」がありました。
それぞれの水瓶の前面には龍の口があり、
水は順番に受瓶へと流れていました。
受瓶には矢を持った青銅の像が置かれ、
十二刻と九十六分が刻まれ、その下には太鼓型の青銅製の矢が
取り付けられていました。
水位が上昇すると水差しが浮き上がり、
水位の増分が順に表示され受水壺が満水になると矢印も浮かび上がりました。
乾隆帝の時代以降、水時計の計時機能は大型の自動鳴時計に置き換えられ
単なる装飾的な儀式用品となりました。
この青銅壺には乾隆帝の御名及び乾隆十年(1745年)の年号が
刻まれています。しかし、学者の調査によると原作は嘉慶二年(1797年)の
火災で消失しこれは原作を模倣して作れられました。


紫禁城に訪れたときに見た水時計がこちらでしたことを
改めて知りました。次回訪れる時は、その仕組みも考えながら鑑賞したいと思います。































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「今日もご訪問ありがとうございます。」
おひとりおひとりにとりまして幸せな一日でありますように☆彡

by salondeshanti | 2025-12-02 21:01 | 七十二侯 | Comments(0)
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